賃料の決まるメカニズムについてⅡ

賃料の決まるメカニズムについて
目次

前回、賃料の決まるメカニズムについて大雑把に触れてきました。今回は、前回と重複する部分もありますが、もう少し具体的な設例を取り上げて新規賃料について触れていきたいと思います。

前回のおさらい

ここで前回の賃料を検討する3つの視点を再掲します。

すなわち、

①賃料相場に着目する視点 → 賃貸事例比較法

②貸主側の視点 → 積算法

③賃借人側の視点 → 収益分析法(地代の場合、賃貸事業分析法)

の3つの視点であり、それぞれの視点に主として着目して求められる新規賃料の手法が上記の4つの手法です。

設例

【ケース1】地域内で賃料相場がそれとなく形成されていて、かつ、賃貸用不動産の取引もその収益性(=賃料等の収支水準等)に着目して取引が行われている場合の事務所ビルの新規賃料(家賃)を求める場合

この場合、実務上は、基本的には(一部例外もあります)、③賃借人側の視点に基づく収益分析法を用いることはできず、①賃料相場に着目した賃貸事例比較法及び②貸主側の視点に立った積算法によって求めます。

この場合、③の視点はどうなるのか?と疑問に思われるかもしれません。たしかに、賃借人の視点は鑑定評価上、表向きは出てきません。ただし、賃借人(需要者側)がよりよい条件を求めて他の市場、都市、地域等へと逃げていくため、この賃借人の市場からの退出、空室率の上昇等を通して市場への間接的な意思表示となって現れてきます。

【ケース2】事業用不動産を自ら運営する事業会社Aが、その第三者Cに売却し、自らは運営者として残り、買い受けた第三者Cから賃貸借する場合

このような仕組みをリースバックといいます。

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この場合、事業用不動産の売買された実績のあるような都市圏や地域であれば、積算法の適用に際して期待利回りを査定できる可能性があるので、対象不動産の元本価値に期待利回りを乗じる等して対象不動産の賃料を求めることが可能ですが。一方、人口や経済規模の小さい都市等のように取引の実例等に乏しく、前記の期待利回りを求めることが困難な場合には、積算法の適用は難しい、あるいは、求められたとしても信頼性が劣る可能性があります。また、事業用不動産は、同業種の賃貸事例があったとしても個別性が強く、賃料水準の把握が難しいために賃貸事例比較法の適用が困難なことが多くなります。

では、収益分析法はどうでしょうか?収益分析法は、対象不動産においてその収支状況を分析し、賃借人が支払可能な賃料等を査定し、これによって対象不動産の新規賃料を査定する手法です。【ケース2】ではまさしく、①積算法や②賃貸事例比較法によって賃料を求めることが困難なケースである可能性が高く、③収益分析法が重視される局面といえるかもしれません。ただし、賃借人が支払可能な賃料等を査定の過程においては、鑑定士の判断の介在するところであり、客観的、詳細な分析が要求されるところでもあります。

【ケース3】(【ケース2】のおまけ)

【ケース2】の派生論点になりますが、地方都市における路線商業地域では、地元の店舗経営者等では到底、支払うことができないような高い賃料を支払っているケースも多く見られます(賃料の二極化)。これは、上記の賃借人の賃料負担力が大きい、すなわち、不動産を利用して得られた利益(純収益)から、不動産に支払ってもよいと考えられる利益分に余裕があると考えられるためです。

不動産鑑定士の役割

以上のように、新規賃料の求める際の三つの視点に立って賃料を求める必要性について述べましたが、ではこの三つの視点を尊重することなく安易になんとなく相場らしきものにたより、賃料を求めるとどうなるでしょうか?

新規賃料だからと安易に考え、契約したとしてもその後の契約を継続する際に賃料を改定するのは、新規に契約を締結する以上に困難な交渉になりがちです。

また、賃貸事例の存する都市や地域はもちろんのこと、市場で希少性のある不動産において、賃料の成約された事例がなんとなく前例となり、なんとなく相場らしきものができあがってしまうことも考えられます。対象不動産の存する都市、地域内の実情、対象不動産の建物のグレード、設備等からみてふさわしい賃料によって相場観が形成されていなければ、間違った相場観ができあがってしまいます。例えば、バブル期のように上がることを期待して、あるいは、上がる前に借りてしまおうと対象不動産の実力以上に市場参加者が動いた結果、対象不動産の実力不相応な相場が形成されてしまうことも実際にあった話です。

②のいう賃貸人の視点とは、対象不動産に投じた元本は少なくとも回収すべきという大前提があり、元本価値を回収できないような賃料設定はすべきではありません。

また、③のいう賃借人の視点は、前記の通り賃借人の賃料負担力の上限を示すものです。

したがって、新規に賃貸借を締結する際の賃料はこの賃貸人の元本の回収すべき賃料と賃借人の賃料負担力の内、不動産に対して配分されるべき適正な賃料の間で決まるはずです。

これを少し専門的にいうと、市場で決まる賃料は、需要(賃借人)と供給(賃貸人)のバランスによって決まるためです【需要と供給の原則】。

不動産鑑定士の判断も結局は主観的判断によらざるを得ないところはありますが、できる限り主観を排し、データに基づき、客観的、実証的な検証を通じて対象不動産の適正な賃料(=経済価値)を把握し、提示することこそが不動産鑑定士としての使命であり、また、不動産の専門家たる所以ではないかと思います。また、不動産の実力や賃借人の賃料負担力に見合った適正な賃料の形成に寄与することができないならば、前記の通り、都市、あるいは、地域内に誤った相場観が形成され、中長期的には不動産の稼働率や利益率の低下、市場参加者の退出(他の都市や地域に逃げてしまう)等を通じて、都市や地域の経済活動を低下させ、疲弊させていくのではないかと思います。

今回、前回と概ね新規賃料の家賃について触れましたが、賃料に関してはご紹介したい論点が数多くあります。新規賃料の地代及び継続賃料の家賃、地代についても、別の機会に取り上げていこうと考えています。

次回は、不動産鑑定士の評価作業がどのように行われているのかについて令和5年度不動産鑑定士論文式試験(8月実施、10月合格発表)に関連した話題を取り上げてみたいと思います。

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